19歳の夏の出来事
心真農園の熊谷(弟)です。
大学1年の夏、私は免疫の病気になりました。首のリンパが大きく腫れて、原因がわからない。いくつもの病院を回って、白血病を疑われたこともありました。
2ヶ月後、ようやく付いた診断名が「全身性エリテマトーデス(SLE)」。国の指定難病です。
変な話ですが、診断された時、安堵したのを覚えています。安堵するようなことでもないんですが、「正体がわからない」期間の方が、ずっと怖かった。
3ヶ月の入院で学んだこと
腎臓に影響が出ていました。塩分を控え、食事制限をして、腎生検という検査も受けました。同じ体勢のまま24時間動けない——あれは、きつかった。
そして医者に言われました。続けてきたサッカーを、諦めるようにと。
ずっとしてきたことだけに、「どうしよう」。ただ、それだけでした。
結局3ヶ月入院しました。病院の1日は長い。家族や友達が来てくれたおかげで退屈しすぎることはなかったけれど、余った時間で考えるのは退院した後の生活や将来のことで、正直、気が気じゃなかった。
ただ、この3ヶ月がくれたものもあります。
当たり前じゃなかった。
歩くことも、外で体を動かすことも、普通にご飯を食べることも。
それから、サッカーは人生において「重要」ではないことも知りました。なくても生きていける。でも——なければ、つまらない。自分にとってサッカーはそういうものでした。自分の思いに蓋をすることは、できませんでした。
それでも、ピッチに立っている
退院してからは、自分の納得する方を選ぶようにしました。そしてピッチに戻りました。
今もサッカーを続けています。子どもたちにサッカーを教えたりもしています。
毎日、自分と勝負して、一勝でもいいから勝って自信をつける。「病は気から」を100%とは言いませんが、そういう部分も少なからずあると思っています。大事なのは、病気のことで将来を考えすぎないこと。未来は誰にもわからないので、自分が思う最善を尽くし続けること今の連続が大事かなと感じています。
なぜ、農業なのか
入院中も、退院してからも、ずっと考えていたことがあります。
難病、癌、世の中には病気がいっぱいある。そこに「食」が関わってくるのは明らかだと、自分は思っています。
だったら、自分が納得できるものを、自分の手で育てて、それを食べたい。それで何かが起きたとしても、「やるだけやった」と言える人生にしたい。
その思いで、2025年に農業の世界に飛び込みました。2026年、岩手県花巻市に畑を借りて、兄弟と仲間と「心真農園」を始めました。
「心真農園」と名づけた理由
自分の名前が「心真(しんま)」だから、というのがまず一つ。自分の名前を背負うことで、育てる野菜に責任を持ちたかった。
そしてもう一つ。その二文字をひっくり返すと「真心(まごころ)」になります。自分と家族が納得して食べられるものだけを、真心を込めて育てて売る——名前にはその両方を込めました。
納得して食べるために育てた野菜です。同じように、食べるものを大事にしたい誰かに届いたら、これほど嬉しいことはありません。
自然と調和する、畑づくり
うちの畑は、川のそば。だから水も、虫も、生きものも、いつもすぐ近くにいます。
だからこそ、まわりの生きものを大事にしたい。土には鶏ふんや堆肥を入れて、自然の力を借りながら育てています。
目指すのは、自然と調和した、地球にやさしい畑。蜂が元気に飛びまわる畑は、いい畑です。
運が良ければ、毒を飲んでも生き延びる。
自分の人生の手綱は、自分で握る。うちの野菜づくりも、サッカーも、この農園も、全部その延長にあります。
岩手県花巻市の小さな畑から。
心真農園 熊谷(弟)
この畑の野菜を、食べてみませんか?